特定のイメージを「音」としてシンボル化

特定のイメージを「音」としてシンボル化

特定のイメージを「音」としてシンボル化

神社の境内には、2匹の狛犬が向かい合わせになるように置かれています。その片方の狛犬の口は開かれていることが多く、それによってこれは「あ」の音を示しているといいます。そして、もう片方の狛犬の口は閉じられていることが多く、こちらは「ん」の音を示しているともいいます。すなわち、両者の口で「あうん」、つまりは「阿吽」という音を表わしているというのです。

「阿吽」とは“物事の始めと終わり”を意味します。そのことから、これは“宇宙”、つまりは“森羅万象”を表現しているのだと解釈されたりもするのです。(一般的には、「あ」は吐く息、「うん」は吸う息を示し、これで「あらゆる現象のはじめと終わりを意味する」とされている)

たしかに、「あいうえお、かきくけこ、さしすせ…」と、「あ」から始まる日本語の五十音の最後は、「ん」で終わります。つまり「あ」と「ん」で、“すべて”を表わすのです。

これで思い出すのが、聖書の中のある言葉です。その中に、「私はアルファであり、オメガである」のような表現があるのです。これなども、ギリシャ語の基本文字(アルファベット)の最初と最後の文字(つまり「アルファ」と「オメガ」)を用いて、“すべて”、すなわち“絶対者”であり“神”という概念を表現したものだったのです。

このように考えると、キリスト教で用いられる、あの「アーメン」などの言葉にも(その語源にはさまざまな説があるのですが)、ひょっとすると、日本の「あうん」(阿吽)の言葉と通じるものがあるのかもしれません。

ある特定の“聖なるイメージ”は、それを表現した“言葉”を縮めた、特定の“音”として、再度“聖なるイメージ”としてシンボライズ(象徴)されることがあるのです。

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